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東京高等裁判所 昭和29年(行ナ)53号 判決

原告 東京燐寸工業株式会社

被告 特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、特許庁が同庁昭和二十六年抗告審判第六五四号事件及び同昭和二十七年抗告審判第五八六号事件につきいずれも昭和二十九年九月三十日にした審決を取り消す、訴訟費用は被告の負担とする、との判決を求め、被告指定代理人は、主文同旨の判決を求めた。

原告訴訟代理人は請求の原因として、次のように述べた。

一、原告は、昭和二十五年八月二十五日に昭和二十四年商標登録願第五八〇七号商標と連合する別紙表示第一の商標(昭和二十五年連合商標登録願第一九七五一号)及び同第二の商標(昭和二十五年連合商標登録願第一九七五〇号)につき第五十四類燐寸を指定商品として登録出願したところ、前者については昭和二十六年七月三十一日、後者については昭和二十七年四月二十八日に拒絶査定を受け、これに対し原告は抗告審判の請求をし、それぞれ特許庁昭和二十六年抗告審判第六五四号及び昭和二十七年抗告審判第五八六号事件として審理され、尚原告は昭和二十八年八月二十六日に訂正書を提出して右登録出願を共に登録出願第三九〇三四九号商標と連合商標の登録出願に変更したが、昭和二十九年九月三十日に右各事件につきそれぞれ右抗告審判請求は成り立たない旨の審決がされ、右審決書謄本はいずれも同年十月七日原告に送達された。

二、審決はその理由において別紙表示第三の登録第八七九六四号商標を引用し、同商標は「鶴丸」の紋章図形を要部としているから、同商標からは「ツルマル」印の称呼を生ずることが明らかであり、又この紋章図形は普通俗に「マルツル」とも呼ばれていて、両者はその称呼が共に「マルツル」印又は「ツルマル」印であるから相類似しており、従つて本願商標は商標法第二条第一項第九号に該当するとしている。

然しながら本願商標はその〈鶴〉の記号から「マルツル」とのみ称呼されるのが社会的事実であり、この事は実験則上明らかであるに対し、引用商標はその構成の態様から見て、これより自然に生ずる称呼は「クモヅル」又は「ウンカク」であると解すべく、従つて両商標はその称呼を全く異にしている。抑々引用商標の要部なる雲鶴の図形は紋章中にはなく、鶴丸の紋章は紋章学上例えば舞鶴、立鶴、鶴丸等鶴の形状による分類の一の総括的名称であつて、鶴丸の紋章中にも多数のものが含まれており、それ等は夫々その特徴を有し、舞鶴、立鶴と区別するときに一括して鶴丸と称呼されることもあるが、鶴丸の類別に属するものの間では判然と固有の名称で識別され、従つて審決のいうように鶴丸の紋章が社会通念上俗に「マルツル」と呼ばれることは絶対にないのであつて、審決が引用商標から「マルツル」の称呼を生ずるものとしたのは根拠のない暴論である。

なお引用商標は明治四十三年七月登録された「雲鶴火柴」なる登録第四二〇五八号商標の連合商標として大正六年九月登録されたものであつて、最初実際には登録外の「雲鶴」の文字をも刷り込んで使用され、その後右文字は使用されなくなつたけれども、一般世人からは引き続き「クモヅル」とのみ称呼されて来たのであつて、この経過から見ても同商標の称呼は「クモヅル」であつて、「マルツル」又は「マルヅル」でないことは明らかである。

然るに審決のいうように雲の図形を度外視して、鶴の図形のみを以て称呼を判断することは、形象の結合商標を是認する商標法第一条第二項に違反するものである。

又審決は「マルツル」と「ツルマル」とは称呼上「ツル」の部分と「マル」の部分とを顛倒した微差があるにすぎないとしているけれども、氏姓の例を取つて見ても、「村松」と「松村」とは「村」と「松」を顛倒したにすぎないけれども、両者は全然別個の人格者を指称するものであることが明らかであつて、この例から見ても審決の右にいうところは誤つていることが明らかである。

更に観念の点についても、本願商標は「丸鶴」であるが、このような鶴の種類はなく、且このようなものは紋章にもなく、古来文字として存在しない不存在の事物であつて、即ち「丸鶴」は観念のない文字である。之に反し引用商標はこれを一見すれば雲鶴即ち雲の上に乗つた鶴と観念される。従つて両者は観念上も彼此相紛わしいものでなく、非類似であることが明らかである。

尚紋章は古来家紋として使用され、それが漸次営業の目印として使用され、商品にまで使用されるに至つたものであつて、一般営業者間に広く使用され、自他商品識別の標章としては特別顕著性がなく、これを商標とした場合、その登録は拒絶されるべきである。然るに引用商標が現に登録されているのは、それが紋章鶴丸のみの図形から構成されているものと認められず、雲と一羽の鶴とを結合させたものと見られたが為に外ならないのであつて、この事実に徴しても審決が引用商標の要部が紋章鶴であるとしたことの誤つていることが明らかである。

以上の通り審決は誤つた違法のものであるから、原告はその取消を求める為本訴に及んだ。

被告指定代理人は答弁として、

原告の請求原因一の事実を認める。

同二の原告の主張を争う。即ち

本願商標と引用商標とを称呼の点で比較するに、本願商標中別紙表示第一のもの(昭和二十五年連合商標登録願第一九七五一号)には「丸鶴印」の文字が記入されてあるから同商標からは「マルツル印」の称呼が生ずることは勿論であるけれども、本願両商標ともその要部と認められるところは、円形輪廓内に「鶴」の文字を表わした結合に存することが明らかであつて、この結合が「ツルマル」印とも称呼されることは取引界の経験則上明らかであり、従つて結局本願両商標からは「マルツル印」又は「ツルマル印」の称呼が生ずるものと解さなければならない。次に別紙表示第三の引用登録商標の要部は上半部のない半円形に配した雲のような図柄を画き、その円形状態の内側に沿つて上辺に鶴丸紋に極めて近似した図柄を表わして成るものであるが、この雲のような図柄は商標全体から見れば極めて僅少な附飾的背景としか認められず、鶴丸の紋章に酷似した図柄が圧倒的に顕著に描出されているのであつて、一般世人が右商標を一見したときそれが鶴丸の紋章に相当すると認識するのが普通であるから、引用商標は「ツルマル」印と称呼されるべきものであり、更に鶴丸の紋は俗に丸鶴紋とも呼ばれており、従つて本願商標と引用商標とは共に「ツルマル」印又は「マルツル」印の称呼を有するから称呼上同一であるとしなければならない。又称呼が右の通り同一である以上、取引上両者の観念が彼此相紛れる恐れが十分に存するから、両者は観念上も互に類似しているといわなければならない。

尚「ツルマル」と「マルツル」の両称呼はその「ツル」の部分と「マル」の部分を顛倒したものであつて、このようなものは社会通念及び取引の経験則に照らし観念が酷似しているものとすべきである。

と述べ、

原告訴訟代理人は被告の右主張に対し、

事物のあるものからは一個の称呼しか生ぜず、又あるものからは数個の称呼を生ずることがあるが、数個の称呼を生ずるものでは、その事物を使用する者が数個の内の一を選定しそれがその事物の称呼となるのであり、従つて被告の主張するように本願商標に「マルツル」「ツルマル」の二つの称呼が存することは絶対にない。

又円の中に文字又は記号を書いたものはその称呼が指定されてない限り必ず丸を先に称呼し、中の文字又は記号を後に称呼するのが古来の慣習であり、又取引上の経験則でもある。例えば〈越〉は「マルコシ」、〈高〉は「マルタカ」であつて、「コシマル」「タカマル」と称呼することはない。従つて本願商標の〈鶴〉は「マルツル」と称呼すべきであつて、これを「ツルマル」であるとする被告の主張は失当である。

と述べた。

(立証省略)

理由

原告の請求原因一の事実は被告の認めるところであり、本件抗告審判の各審決がいずれもその理由に於て別紙表示第三の登録第八七九六四号商標(成立に争のない甲第二号証の二)を引用し、同商標が「鶴丸」の紋章図形を要部としているから、同商標からは「ツルマル」印の称呼を生ずることが明らかであり、又この紋章図形は普通俗に「マルツル」とも呼ばれていて、両者はその称呼が共に「マルツル」印又は「ツルマル」印であるから相似しており、従つて本願商標は商標法第二条第一項第九号に該当するとし、尚「マルツル」と「ツルマル」とは称呼上「ツル」の部分と「マル」の部分とを顛倒した微差があるに過ぎないとしていることは被告が明らかに争わないから、その通り自白したものとみなす。

よつて本願各商標の右審決の引用商標との類否につき審案するに、別紙表示第一の昭和二十五年連合商標登録願第一九七五一号商標(成立に争なき甲第一号証の二)を見るに、同商標は黄色の横長方形の地に赤線を以て同形の輪廓を書き、その内部左右両端に縦に細長い短冊形部分を残し、中央の稍々横に長い横長方形部分には赤色地に黒色で左翼を左上方に、右翼を右下方に拡げ、斜右上方に首を上げ、両脚を左下に延ばして飛ぶ丹頂鶴を一杯に描き、右鶴の胴部を太細二重の円形黒色輪廓内に「鶴」の大字を黒書したものを以て覆い、右鶴の上部には黒色で「丸鶴印」の三字を、又下部には黄色で「東京燐寸工業株式会社」の十字を、共に左横書し、前記左右の短冊形の部分は黒く塗り、右方の黒色部分には「特選優良」と、左方の黒色部分には「安全燐寸」と夫々黄色で縦書して成るものであることが認められ、又別紙表示第二の昭和二十五年連合商標登録願第一九七五〇号商標(成立に争なき甲第一号証の三)を見るに、同商標は細太二重の横長方形輪廓内の中央に大きく太細二重の円形輪廓を描き、内側の円内に「鶴」の字を大書し、内側の右長方形輪廓内の四隅に右外側の円との間に両翼を拡げて飛翔する鶴を一羽宛、いずれもその嘴の先端を中央の円に接せしめ、両脚が右長方形の輪廓の隅に少しく隠れるような形に描いて成るものであることが認められ、両商標は右鶴の図形と鶴の字を円形輪廓で囲んだ記号とにより一般世人がこれを一見したとき「マルツル」又は「マルヅル」と呼ぶのが最も自然であると解される。

次に成立に争のない乙第一号証によれば審決引用の登録八七九六四号商標は旧第五十四類摺附木(現行商品類別第五十四類燐寸)を指定商品とし、大正六年六月十二日に登録出願され、同年九月十一日に登録され、昭和十二年二月十五日に存続期間更新の登録がされた着色限定のものであることが認められ、別紙表示第三の同商標を見るに、その構成は白地に赤色の太い線で書いた横長方形の輪廓内に、更にこれと接して黒色の細い線で書いた横長方形の輪廓を重ね、その内部を左右両端には縦に細長い短冊形の部分、中央には稍々横に長い長方形の部分ができるように、縦の二本の黒線で区劃し、右中央の横長方形内に一杯に首を稍々左に向けて正面に向つた丹頂鶴が両翼を開いて左方から上方へ上げ、両翼の先端が殆ど触れる位に接近し、全体として円形となるようにしたものを描き、尚右鶴の図形の左右両側から下方にかけて雲の模様で囲み、鶴の頂部を赤色にし、又左右の短冊形の部分は赤色の地を細く周囲に残して黒色に塗りつぶし、向つて右の方の黒色部分には「上等細軸」の文字、向つて左の方の同部分には「徳用燐寸」の文字をそれぞれ白抜にして顕出したものであることが認められ、引用商標の右構成では前記丹頂鶴が最も顕著に描かれてあつて人目を引き、且その形状が全体として円形となるように描かれてある為、一般世人がこれを一見した場合「マルツル」又は「マルヅル」と呼ぶのが最も自然であると解される。

然らば本願両商標と引用登録商標とはその称呼が同一であるから、相類似するものというべく、本願商標の指定商品(第五十四類燐寸)が引用登録商標のそれ(旧第五十四類摺附木即ち現行商品類別第五十四類燐寸)と一致しており、称呼が叙上の通り同一である以上、本件商標登録出願は商標法第二条第一項第九号所定の場合に該当するものというべく、審決が結局以上当裁判所の説示したところと同趣旨の理由を以て本件商標登録出願を排斥したのは相当としなければならない。

原告は引用商標の前記の構成の態様から見て、これより自然に生ずる称呼は「ウンカク」又は「クモヅル」であり、本願商標と称呼を異にしている旨主張するけれども、引用商標から原告主張の通り「ウンカク」又は「クモヅル」の称呼が生ずるとしても、その事が前記の通り引用商標から「マルツル」「マルヅル」の称呼を生ずることを妨げるものではなく、又原告は引用商標が沿革上一般世人から「クモヅル」とのみ称呼され、その経過から見て同商標の称呼が「クモヅル」であつて「マルツル」又は「マルヅル」でない旨主張するけれども、本件にあらわれたすべての資料によつても、右「クモヅル」の称呼が慣用された等の結果、同商標が一般世人から他の称呼を以て呼ばれることが絶対になきに至つている事態にあることは認め難いから、仮令原告主張のように従来引用商標が「クモヅル」と称呼されて来たとしても、同商標が前記の通り「マルツル」又は「マルヅル」と称呼されないものとはし難く、従つて原告の右主張はいずれも認容することができない。

又原告はある事物から数個の称個が生ずる場合にはその事物を使用するものが右数個の称呼の一を選定し、それがその事物の称呼となるのであるから、本願商標に「マルツル」「ツルマル」の二称呼が存することは絶対にない旨主張するけれども、取引の実際に於ては商標の称呼としてはその商標の最も一般需要者の注意を惹く素質乃至部分、又はその商標に関連して一般需要者に最も知れ渡つた事物等から自然に生ずるものであれば、それが数個存しても共に使用されるのが普通であり、右称呼の選定につき一般需要者は必ずしも原告主張のように右商標を施用される事物即ち商品に対して、同事物(商品)を使用する者即ち商標権者等の選定したところに(添書等を以て表示した場合にすら)拘束されるものでないことは当裁判所に顕著なところであつて、右認定に反する見解に立つ原告の前記主張は認容することができない。

原告は円の中に文字又は記号を書いたものは丸を先に称呼し、中の文字又は記号は後に称呼するのが右来の慣習且取引上の経験則であるから、本願商標の(鶴)は「マルツル」とのみ称呼すべきであつて「ツルマル」と称呼すべきでない旨主張するけれども、円形輪廓を以て文字又は記号を囲んで成る商標を呼ぶに「マル」を先にし、中の文字又は記号を後にすることが普通であつても、その逆の場合も存することが当裁判所に顕著であるから右主張は認容し難いばかりでなく、引用商標からも本願商標と同様「マルツル」又は「マルヅル」の称呼が生じ、従つて両商標は称呼が同一であるから相類似しているとすべきこと前記の通りである以上、本願商標を「ツルマル」と称呼すると否とは上記の判断に何等影響するものではない。

原告は引用商標が審決のいうように紋章鶴丸を表わしたものでないとして審決が引用商標が紋章鶴丸の図形を要部としているからその称呼が鶴丸であるとしている点を非難し、尚「マルツル」と「ツルマル」とは、氏姓の「村松」と「松村」とが全然別個の人格者を指称しているからその称呼が全然別個であると同様、全然称呼を異にしているとし、審決が「マルツル」と「ツルマル」とが称呼上「ツル」の部分と「マル」の部分とを顛倒した微差あるに過ぎないとしている点を非難しているけれども、本願商標と引用商標とは共に「マルツル」又は「マルヅル」の称呼を生ずるが故に相類似しているものとすべきこと前記の通りであるから、引用商標が紋章鶴丸であると否と、又「ツルマル」と「マルツル」とが称呼上全く別個のものであると否とは、結局両商標の類否に関する前記の判断に何等影響するものではなく、従つて審決に対する原告の前記非難も採るに足りないものとせざるを得ない。

然らば原告の請求は理由のないものであるから、民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決した。

(裁判官 内田護文 原増司 高井常太郎)

第一の商標〈省略〉

第二の商標〈省略〉

第三の引用商標〈省略〉

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